美しい蝶を見た。
斑模様の大きな蝶。優美に羽衣を靡かせ、天人の如く宙を舞う蝶。
途端に、胸ぐらを掴まれた気がした。
この妖美な蝶を捕まえなければならない。
野原を目一杯、蹴った。
空に向かって精一杯、手を伸ばした。
宙を舞う大きな斑が、桜の花びらのように地に向かってひらひらと堕ちた。
なんとなく手のひらの鱗粉が癪だった。
少年の頃の記憶。
僕は蝶が好きだった。
母が祖父母の畑仕事を手伝っている間、蝶を見かけては猫のように追いかけていた。
僕は独りだった。
父親が出て行った後、母は仕事ばかりだった。
祖父母の畑仕事の手伝いも家計の為。
母は僕に構ってくれるが、やはり独りだった。
蝶のようにひらひらと飛んで行けたらいいのに。
畑には沢山の蝶が飛んでいた。
モンシロチョウ、モンキチョウ、カラスアゲハチョウ、カバマダラチョウ、アオスジアゲハチョウ、オオゴマダラ…
沢山の蝶が飛んでいた。
憧れていたのかもしれない。
飛べていけたなら、どこへだって行ける。
きっと独りではなくなる。
少なくとも独りの悲しみから飛び立てる。
何度も何度も目の前を飛ぶ蝶が…
僕の上を嘲るかの如く飛ぶ蝶が…
無性に腹が立った。
捕まえなければならない。
籠の中に閉じ込めなければならない。
僕を置き去りにするな。
頭の中で、声が響いた。