Ms.teryさん

気の向くままに

生きる。

やっとわかったよ。死ぬ理由にならない本当に生きる理由。好きな人をを生きる理由にしてしまえば、死ぬ理由になってしまうって考えてた。でもさ、違ったんだよ。

僕はあの人に会うために生きようと思う。会うために死ぬやつなんていないだろ。たとえあの人が死んだとしてもあの人はいる。誰かの中にいる。それを聞きにいくのは会いに行くってことと同義じゃないかな?僕はそう捉える。

確かにあの人が死んだと知らされたら絶望するだろう。確実な絶望。本当に目の前が真っ暗になってこんな生きる理由なんて忘れてしまうくらいには絶望するはずだ。

でもやっぱり僕は死ねないよ。あの人が僕にも一緒に死んで欲しいと言えばそうするが、そう言ってはくれない。死んで会えたとしてもあの人が可哀想だろ。それは絶対にダメなんだよ。

誰かを生きる理由にするのはよくないのかもしれない。他にもっと適した理由があるだろう。仕事や趣味、宗教。沢山あるはずだ。ただ僕のこれも一種の信仰だろう。そもそも生きる目的が確立されていない世界で、生きる理由の是が非かなんて話し合っても無駄なんだ。

僕はあの人に会うために生きる。