泣こうって思ったら泣けるようになってた。
別に悲観することはない。
ただそうなっていることに気づいた。
何も悲しくなんかない。
でも、泣こうって思ったら泣けるんだ。
昔は悲しみの供給が必要だった。
辛い時、どうしても泣けなかった。
泣ける話を検索して、2つか3つ読んだ後やっと泣けた。
泣くまでに1時間はかかった。
そんな僕がすぐ泣けるようになっていた。
なんだか感慨深くなっちゃった。
僕は自分のために泣けるようになったんだ。
すげえだろ。
ただ少しね、思うことがあるんだよ。
僕は悲しみに触れすぎたんじゃないかって。
僕にとって悲しむことは美学と言っていい。
だったら触れることに問題はないように思われるかもしれないけれど…
美しさとは毒だ。
美しさに魅了されてしまえば、正しい判断がつかなくなる。
何に基づいて正しいのかはわからないが、後から後悔することになる可能性が高い。
そういった意味では今の僕の状態は危険と言えるかもしれない。
悲しみに触れすぎたせいで、悲しみを引き出すことができるようになった。いや、なってしまった。
これからどうしようか。
危険とわかってはいつつも、僕は僕の信じるものに従うことにしている。
例えば先ほど述べた美学、またはルールや信仰など。
僕の感情に従ってると言ってもいい。
危ういと理解していても、それに従う理由がない。
僕は理性よりも感性を優先している。
どちらか一方に従うにしても、一長一短。
まあ、ほどほどに両方が1番いいのだろうけど…